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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)314号 判決 2000年3月14日

原告

セイコーインスツルメンツ株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁理士

被告

株式会社日立製作所

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

井坂光明

弁理士

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

「特許庁が平成9年審判第15942号事件について平成10年8月11日にした審決を取り消す。」との判決。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「IC素子の修正方法」とする特許第1811106号発明(昭和58年3月16日特許出願(特願昭58-42126号)、平成5年2月25日出願公告(特公平5-14416号)、平成5年12月27日設定登録。本件発明)の特許権者であるが、原告は、平成9年9月19日、本件発明について無効審判請求をし、平成9年審判15942号事件として審理されたが、平成10年8月11日、本件審判の請求は成り立たないとの審決があり、その謄本は同年9月9日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

(特許請求の範囲を分説し、符号を付した。)

a.配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜の下層の配線を切断加工するIC素子の修正方法であって、

b1.液体金属イオン源から放射される高輝度イオンビームの内、エネルギー密度の高い中央部付近を取出し、この取出された高輝度イオンビームを荷電粒子光学系により集束させると共に寸法変更可能なアパーチアを通過させて絞って前記配線の幅より大幅に細い0.3μm以下のイオンビームスポット径にして

b2.前記IC素子の配線切断しようとする箇所付近の保護膜表面の観察領域に投影して偏向電極を制御して走査させて照射し、

b3.この走査して投影照射された保護膜表面の観察領域から発生する2次電子または2次イオンを2次荷電粒子検出器で検出して前記偏向電極を制御する偏向信号を受けて走査イオン顕微鏡に前記観察領域の拡大SIM画像を表示して拡大観察し、

c1.この拡大観察された拡大SIM画像に基づいて前記偏向電極による走査領域を制御して前記配線切断しようとする箇所における配線の幅に亘る領域のみに

c2.エネルギーを10KeV以上にして前記荷電粒子光学系により配線の幅より大幅に細い0.3μm以下のイオンビームスポット径にして投影させたイオンビームを走査照射して

c3.前記保護膜への少なくとも配線の幅に亘る一様な穴あけスパッタ加工とその下層における配線の幅に亘っての一様な切断スパッタ加工とを行いながら

c4.配線層からその下層の絶縁層に変化する配線切断の終点を検出してイオンビームの照射を停止し、

d.下部及び周辺に損傷を及ぼすことなく前記配線箇所を切断加工することを特徴とするIC素子の修正方法。

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は前項のとおりと認める。

(2)  請求人(原告)の主張

原告は、審判甲第1号証として特開昭55-50652号公報を、審判甲第2号証として「電子通信学会技術研究報告SSD81-68~78」1981年12月21日発行の59~66頁を、審判甲第3号証として特開昭55-150225号公報を、審判甲第4号証として第5回シンポジウム「イオン源とイオンを基礎とした応用技術」ISIAT’81予稿集 昭和56年6月発行の45~52頁を、審判甲第5号証として半導体ハンドブック編纂委員会編「半導体ハンドブック(第2版)」昭和57年12月10日オーム社発行の219~223頁、1092頁を、審判甲第6号証として「1978 IEEE INTERNATIONAL SOLID-STATE CIRCUITS CONFERENCE DIGEST of TECHNICAL PAPERS」ISSCC 78/THURSDAY.FEBRURY 16.1978の142~143頁を、審判甲第7号証として日本学術振興会第132委員会編「電子・イオンビームハンドブック」昭和48年12月20日日刊工業新聞社発行446頁を、及び審判甲第8号証として「Journal of Applied Physics」Vol.45,No.3,March 1974 P.1416~1422を提示し、審判甲第1号証には、審判甲第5~第8号証を参照すれば、本件発明の構成a、b2、b3、c1、c3及びdを備えた発明が、審判甲第2号証には、審判甲第4号証を参照すれば、本件発明の構成b1、b3、c1、c2、c3及びdを備えた発明が、審判甲第3号証には、本件発明の構成c4を備えた発明が、それぞれ記載されており、これらの発明を組み合わせることは当業者が容易に推考でき、したがって、本件発明は、本件出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定に違反し、特許法123条1項2号に該当する旨主張している。

(3)  被請求人(被告)の主張

これに対し、被告は、審判甲第1号証には、「保護膜を被覆したIC素子における該保護膜の下層配線を切断加工するICの修正方法」は記載されておらず、また、審判甲第1号証には、「修正しようとする領域のみにイオンビームを走査照射する」ことは記載されていないから、原告の主張は誤りである旨主張している。

(4)  審判甲各号証に記載された発明

原告の提示した審判甲第1~第4号証については、いずれも成立に争いがない。

(4)-1 審判甲第1号証には、「一度完成した素子の配線パターンをスパッタリング作用によって除去するIC素子の修正方法であって、アーク放電型イオン源から放射されるイオンビームを取り出し、これをコンデンサレンズ11と投射レンズ13とによって収束され、偏向系12によって試料上を照射する位置を制御され、二次電子検出器15によりイオンビームの照射による試料からの二次電子放出の変化を検出し、走査電子顕微鏡と同じ原理でイオンビームが試料のどの位置に当たっているかを知り、試料面上の所望の位置にのみイオンビームを照射して、配線の幅に亘っての切断スパッタ加工を行い、配線箇所を切断加工するIC素子の修正方法」の発明が記載されていると認める。

そして、「完成した素子」、及び「イオンビームの照射」に関しては、「例えばラダー回路の抵抗値に高精度が要求されるD-AあるいはA-Dコンバータに対しては、集束したレーザ光線を照射し抵抗体の一部を焼断して抵抗値を調整するレーザトリシング法や、あらかじめ短絡用電気配線を施した調整用抵抗を付加しておき、必要に応じ大電流を流す等の方法により短絡用配線を切断して抵抗値を調整する方法が採用されている。(1頁右下欄15行目~2頁左上欄2行目)」、「イオンビームの試料面上におけるスポット径はレンズ11,13による二段縮小が行なわれるため極めて小さくでき、その位置も試料から放出される二次電子や反射電子により求められるので、マスクを用いることなしに試料面上の任意の位置に選択的にイオンビームを照射することができる。(3頁左上欄12~18行目)」、「本発明の方法は原理的には複合的な素子の内部に組み込まれた微細素子に対するマスクレスのイオン注入である。・・・イオン注入によって変えることのできる全ての電気的な値や特性の調整に用いることができる。このような調整は原理的には従来のマスクを用い全面にイオンビームを照射するイオン注入によっても可能であるが、そのためには必要なマスクを何回も作る工程が増え、実際上不可能に近い。また最初から集束したイオンビームを用い、複合的な素子内部に個々の微細素子を作る方法は時間がかかりすぎて実用的ではない。本発明においては素子全体の製作は従来の方法で行ない、調整を要する素子についてのみ集束したイオンビームによるマスクレスのイオン注入を行なうので、工程や必要な時間を非実用的に増すことなしに、複合的な素子の中に組み込まれた個々の微細素子の電気的な値や特性の調整が可能である。(3頁右上欄15行目~左下欄17行目)」、「イオンビームは波長による集束の限界はないものの、試料面上に得られるビーム電流を一定にすると、イオン源の輝度と集束レンズの収差によってビームのスポット径は制限される。現在報告されている例では、試料面上に得られるビーム電流を10-10アンペアとすると、ビームのスポット径は数マイクロメータである。試料面上に得られる電流が少ないと、本発明は時間がかかるという難点が生ずる。しかし、複合素子を構成する微細素子よりスポット径の大きなイオンビームを用いても、イオンビームが他の微細素子に有害な影響を与えない大きさであれば、多くの場合、本発明は有効である。(3頁左下欄18行目~右下欄11行目)」、「次に、本発明によってIC等の複合素子を構成する微細素子の欠陥除去が可能であることを説明する。・・・・また、拡散やイオン注入以外の工程で生じた欠陥であっても、例えば配線パターンのブリッジはアルゴンやクセノンのように電気的に不活性で質量数の大きな物質のイオンを照射し、スパッタリング作用によって除去できる。・・・このような一度完成した素子の不良部分を修理することは、従来の方法では不可能であった(4頁左上欄19行目~右上欄20行目)」及び「設計の段階において、イオンビームの照射部分を他の部分から離したり、近接する部分をイオンビームがさえぎられる厚さの酸化シリコン等により被い、調整部分のみを露出または被いを薄くすることにより、比較的スポット径の大きいイオンビームによっても、本発明は可能である。(4頁右下欄8~14行目)」と記載されている。

(4)-2 審判甲第2号証には、「集束イオンビームによるサブミクロン加工装置について、液体金属イオン源から放射される高輝度イオンビームの内、中央部付近を取り出し、この取り出された高輝度イオンビームをアインツェルンレンズ一段を用いて集束させると共に4つの開孔の異なる絞りを任意に選択できるようにした絞りホルダーで絞り、光軸合わせや焦点の微調整のために二次電流を検出し、走査イオン顕微鏡(SIM)像のモードとして行い、エネルギーを最大50KeVにして、前記アインツェルンレンズと絞りホルダーによって0.1μmオーダーの微小プローブにして、微細加工するもの」の発明が記載されていると認める。

そして、「イオンビームの照射」に関して、Fig10に「1300Å Au/Siへの50KVGaイオンによるマスクレスエッチング」のSEM像が掲載され、「装置全体の安定性あるいはまた偏向精度を調べるには、長時間のパターン描画を行うことがてっとり早い方法である。パターニングに際しては、まずSIM象を観察し、just focusの条件に焦点調整してから行った。・・・Fig10a)では、開き角を3.8mradとし、プローブ電流3mAの条件で、最大走査領域40μm角に約10μm間隔で、最大走査領域440μm角に約10μmの間隔で1μmの線を引いている。1本の線の走査時間は25秒で、全体を描くのに、使用したランプ発生器の最大走査時間である18分間を要した。(63頁左欄30行目~右欄11行目)」と記載されている。

(4)-3 審判甲第3号証には、「イオンビームでフォトマスクの欠陥を修正するに際し、イオンビームから照射された部分から飛び出す二次荷電粒子を捕捉する二次荷電粒子検出器17の信号をCRT19に送り、CRT19のスクリーン上にフォトマスク7の表面上体を表示し、イオンビームを走査して残留Cr膜を表面から順に除去し、CRT19で見ながら除去が完了するまでイオンビーム25を照射するもの」の発明が記載されていると認める。

(4)-4 審判甲第4号証には、液体金属源を用いたイオンビーム露光装置に関し、図2に「ガリウム、金及び鉛の電界放出型液体金属イオン源の放射角度に対する角電流密度の関係が図示されており、いずれも、放射角度が0の時に角電流密度が最大となり、放射角度の絶対値が大きくなるほど角電流密度が小さくなるグラフ」が示されている。

(4)-5 審判甲第5号証には、「狭義には、ICの製作工程フローチャートは、大略、図5・1(a)のウエハプロセス以降(図中☆印を付した範囲)と考えることができる。本節では、その中でも最も変化に富むウエハプロセスについて、フローチャートの幾つかの例を示し、また、その中の一つについて、やや詳細な説明を加えたい。(220頁右欄24~30行目)」と記載され、図5(a)に示されたフローチャートには、「ウエハプロセス」、「ウエハ評価」、「ウエハ分割及び組立」及び「製品評価」のブロックにわたって☆印が付され、「☆狭義のIC製作工程フローチャート」の記載があり、また、図5・2、図5・3及び図5・4には、それぞれ、pチャネルAlゲートプロセスフローチャート、nチャネルSiゲートプロセスフローチャート及びCMOS Siゲート選択酸化法プロセスフローチャートの図が示されており、いずれのフローチャートも、最終工程でCVD SiO2膜被膜の工程が記載されている。さらに、「次に、Al蒸着膜を第五ホトエッチングしてゲートおよび配線を残し、表面を保護するため、全面にSiO2膜またはPSG(phospho-silicate glass)膜をCVD法で被覆する。(22Q3頁左欄14~18行目)」、「図5・2のプロセス完了後は、ウエハプローブでウエハ上の各チップの良・不良を選別後、ウエハ分割、組立工程にはいる。(223頁左欄33~35行目)」及び「配線パターンの表面を絶縁膜で被覆することは、腐食、エレクトロマイグレーション、異物混入のいずれに対しても有効な方法であり、LSIでは広く行われている。」と記載されている。

(4)-6 審判甲第6号証には、「レーザトリミングは低ビームパワーで抵抗の上の保護膜に邪魔されることなく0.2ミリインチ幅の切れ目を形成する。(142頁右欄2~5行目)」と記載されている。

(4)-7 審判甲第7号証には、「厚い酸化膜に1μ以下の寸法の拡散窓や、高速動作集積回路の結線コンタクト窓、あるいは、幅よりも深さの方が大きいアイソレーションのためのチャネルエッチを行なったり、結晶粒界や、スクラッチ、クラックがあっても、エッチングが全面にわたって均一に行なわれる点から、薄膜抵抗のトリミングをするのに向いているといわれている。(446頁7~11行目)」と記載されている。

(4)-8 審判甲第8号証には、「集束イオンビームの背後にある基本的な思想は、マスクを用いる工程の削除である。それゆえ、ビームは、ビーム偏向およびブランキングをプログラムすることによって注入するパターンが“描かれる”に足りるだけの十分な集束がなされている必要がある。ここで検討しているプロセスは、半導体へのドーピング、結晶性への損傷、分子結合の破壊などのような効果を実現するターゲットへの注入(すなわち、ある深さまでの進入)のために十分なエネルギーをもっていることを要求している。特別に、集束イオンビームによるスパッタリング(加工)は考慮していない(1416頁左欄14~24行目)」及び「25V程度のこれら最高ビームエネルギーは、スパッタリングには適しているが、大部分のイオン注入への応用には一般に低すぎる。(1416頁左欄34~36行目)」と記載されている。

(5)  審決の判断

(5)-1 審判甲第1号証に記載された発明に関する争点

(a) IC素子について、「完成した」とは、一般には、製品として完成したものを意味すると認められるが、そのような製品として完成した素子は、パッケージ化されているので、イオンビームを照射して、調整を施すことは不可能である。そうすると、審判甲第1号証に記載された発明における「完成した素子」が、製品として完成した素子を意味するものではないことは明らかである。そして、審判甲第1号証には、調整の対象となるIC素子が、素子の加工工程のどの工程を終了した素子であるかは、明文で記載されておらず、保護膜を被覆した素子を調整の対象とするとの直接的な記載もない。

ところで、審判甲第1号証の4頁左上欄19行目~右上欄20行目に記載された実施の形態は、IC等の複合素子を構成する微細素子の欠陥を除去するものであって、「一度完成した素子の不良部分を修理する」ものである。そして、該「修理」には、配線パターンのブリッジにイオンを照射してスパッタリング作用によって除去するものが含まれる。

(ⅰ)ここで、不良部分を修理される「完成した素子」がどのようにして得られるかについての記載はないが、特段の記載がない以上、通常の製造方法で製造され、不良部分を検出された素子と解するのが相当である。

(ⅱ)原告の引用した審判甲第5号証には、「狭義には、ICの製作工程フローチャートは、大略図5・1(a)のウエハプロセス以降(図中☆印を付した範囲)と考えることができる。」と記載され、図5・1の☆印を付した範囲には、「ウエハプロセス」、「ウエハ評価」、「ウエハ分割及び組立」及び「製品評価」の工程が含まれている。審判甲第5号証には、「完成した素子」の語も記載されておらず、また、「ウエハプロセス」を終了したものが完成した素子であると示唆する記載もないが、「ウエハプロセス」の終了が「素子の完成」の一応の完成と解することができる。

(ⅲ)同じく審判甲第5号証には、ウエハプロセスに次いで「ウエハ上の各チップの良・不良の選別」が行われると記載されており、この工程によって、初めて素子の不良部分が検出されると認められる。

以上(ⅰ)~(ⅲ)からすると、審判甲第1号証の4頁左上欄19行目~右上欄20行目に記載された実施の形態における「完成した素子」は、ウエハプロセスが終了した素子と解することができ、これを覆すに足る証拠はない。

そして、審判甲第5号証の図5・2、図5・3、図5・4及び223頁左欄14~18行目の記載から、ウエハプロセスの最後の工程で、表面を保護するため、全面にSiO2膜又はPSG膜が被覆されるものであるから、審判甲第1号証には、「保護膜を被覆したIC素子の配線をイオンビームでスパッタ加工するもの」が記載されていると解するのが相当である。

なお、原告は、3頁左下欄11~17行目の記載から、「完成した素子」が従来の方法で製造されたものであると主張しているが、この記載は、その前段の記載からすれば、素子全体のうち、従来の方法で製作される部分と、調整を行う部分とをどのように決めるかを示したものであって、「完成した素子」を定義づけるものではない。審判甲第1号証において、「完成した素子」の用語は、4頁左上欄19行目~右上欄20行目に記載された実施の形態に限って用いられる用語である。

また、被告は、審判甲第1号証の3頁右下欄15行目~左下欄17行目、3頁右下欄11行目~4頁左上欄8行目及び4頁右下欄8~14行目の記載、並びに第1図を挙げ、審判甲第1号証に記載されたものは、保護膜を被覆しない素子を調整の対象とするものである旨主張するが、これらの記載は、4頁左上欄19行目~右上欄20行目に記載された実施の形態とは異なる実施の形態についてされた記載であって、また、それらの実施の形態が「一度完成した素子」を調整対象とするものと解する理由もないから、被告の前記主張を根拠として、「完成した素子」が保護膜を有しないものであるとすることはできない。

(b) 原告は、審判甲第1号証に記載されたものが「マスクレス」によりイオンビームを照射するものであることをもって、イオンビームを走査することを前提としたものである旨主張している。しかしながら、

(ⅰ)審判甲第1号証には、イオンビームを走査照射して複合素子を調整するものは、実施の形態として記載されておらず、かつ、イオンビームを走査照射して調整することを示唆する実施の形態も記載されていない。

(ⅱ)3頁左下欄18行目~右下欄11行目の記載からすれば、審判甲第1号証に記載された発明において使用されるイオンビームのスポット径は、数マイクロメータ以上であって、素子の線幅以下に絞ることができない場合が指摘されている。

そして、この記載は、単にイオンビームのスポット径が素子の調整に適する寸法より大きい場合について言及しているだけであって、素子の線幅に対して、イオンビームのスポット径が走査照射しなければ調整できないほど小さい場合について示唆するものではない。

(ⅲ)3頁左下欄8~11行目の「最初から集束したイオンビームを用い、複合的な素子内部に個々の微細素子を作る方法は時間がかかりすぎて実用的ではない。」の記載における、「イオンビームによる制作方法が時間がかかるとする難点」は、原告の主張するように、イオンビームを走査することにより生ずるものと認められるが、その後段の記載によれば、そのような難点が生ずることを理由として、調整を要する素子についてのみ集束したイオンビームによる加工を行うとされているのであるから、審判甲第1号証に記載された発明は、集束したイオンビームによって調整を行う素子として、積極的に走査照射を行うものを選択するものとは認められない。

以上(ⅰ)~(ⅲ)からすると、審判甲第1号証には、複合素子調整方法の発明を実施する装置が、イオンビームを走査照射することが可能な装置として記載されているとしても、また、審判甲第2号証及び審判甲第8号証に記載されているように、イオンビームを走査照射することが普通の加工方法であるとしても、審判甲第1号証に、複合素子をイオンビームの走査照射によって調整するものが記載されているということはできない。

(5)-2 本件発明と、審判甲各号証に記載された発明との対比

そうすると、審判甲第1号証に配線上に保護膜を被覆したIC素子の配線をイオンビームでスパッタ加工するものが記載されていると解することができるとしても、本件発明の必須の構成である「配線の幅より大幅に細いイオンビームスポット径にして投影させたイオンビームを走査照射して前記保護膜(配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜)へのスパッタ加工を行う」ことは、前記審判甲各号証のいずれにも、記載されていない。

そして、本件発明の必須の構成である「配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜の下層の配線を切断加工するIC素子の修正方法であって、前記IC素子の配線切断しようとする配線の幅に亘る領域のみに配線の幅より大幅に細い0.3μm以下のイオンビームスポット径にして投影させたイオンビームを走査照射して前記保護膜への少なくとも配線の幅に亘る一様な穴あけスパッタ加工とその下層における配線の幅に亘っての一様な切断スパッタ加工とを行」う構成が、前記審判甲各号証に記載されたものから示唆されるとする根拠もない。

そして、本件発明は、当該構成によって、1μm以下の配線幅の配線上に保護膜を被覆したVLSI、ULSI等の完成されたIC素子に対して、配線幅に亘って配線断面の通りの、すなわち一様な深さのスパッタ加工が可能となり、下層及び周辺への損傷を防止して1μm以下の配線幅を有する配線の切断加工を実用に供せる短時間で実現することができるという、前記審判甲各号証に記載されたものにはない格別の効果を奏するものである。

(6)  審決の結論

したがって、本件発明は、原告が提示した審判甲各号証に記載されたものから当業者が容易に発明をすることができたものとすることができない。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(容易推考性についての判断理由の遺脱)

審決は、「本件発明と、審判甲各号証に記載された発明との対比」の項(審決の理由の要点(5)-2)において、本件発明の構成要件に2つの事項を選び、これを各証拠の対比対象としている。その対比結果を、一方の事項に対しては、「前記審判甲各号証のいずれにも、記載されていない。」とし、他方の事項については、「前記審判甲各号証に記載されたものから示唆されるとする根拠もない。」するだけで、直ちに本件発明の容易推考性を否定する結論を下している。これでは、本件発明の特定の構成要件を共通の対比対象とし、これに対して審判甲各号証をそれぞれ個別に対比しただけのものであって、公知技術の代替、組合せなど、容易推考性の判断理由を記載したことにならない。

容易推考性は、原告が審判手続において無効事由として主張してきた核心部分であり、審決はこの点を判断し、その理由を記さなければならない。したがって、審決は実質的には理由を記載していないから違法であって取り消されるべきである。

2  取消事由2(判断の誤り)

仮に、審決に容易推考性の判断が実質的に記載されていたとしても、その判断理由に誤りがある。

(1)  審判甲第1号証の解釈の誤り

審決には、審判甲第1号証の解釈に誤認がある。

審決は、審判甲第1号証に「複合素子をイオンビームの走査照射によって調整するものが記載されているということはできない。」と認定している。しかし、審判甲第1号証には「マスクレス」(本件発明でいう走査照射)の語が明記されており、審判甲第1号証はこれを前提とした記載をしている。「マスクレス」(走査照射)が集束イオンビーム技術の基本的思想であること、さらに公知であったことを想起すると、この認定は誤りである。

(2)  審決の判断手法の誤り

審決の対比手法は、本件発明と審判甲号各証とを対比するに当たり、審判甲号各証をすべて個別に一様に対比し、その結果に基づいて各証拠に何らかの構成上の相違があるとして、それを直接の理由として容易推考性を否定する結論を下している。この対比手法では、審判甲号各証を挙示した意義が一切無視されてしまい、審判甲号各証の代替、組合せなどの容易推考性の判断が行われていない。したがって、この対比結果を根拠に容易推考性を否定した審決の判断手法は、不合理で誤りである。

(3)  対比対象である本件発明の構成要件の選定の誤り

本件発明の構成要件は、複数の審判甲号各証が具備している構成要件の組合せから成り立っている。容易推考性が問題になるときの審判甲号各証は、もともと本件発明の構成要件の一部が欠如している。したがって、審判甲号各証の構成要件を組み合わせたものを本件発明として、これともともと構成要件の一部を欠いている審判甲号各証を個別に対比したのでは、対比に値しない。

以下、対比対象とされた本件発明の構成要件が、審判甲号各証(具体的には、審判甲第1号証及び審判甲第2号証)が具備する要件の組合せから成っているものであり、したがって、本件発明の作用効果も、審判甲第1号証及び審判甲第2号証に記載された事項から当業者が予期し得る範囲内のものにすぎないことを説明する。

(3)-1 「配線の幅より大幅に細いイオンビームスポット径にして投影させたイオンビームを走査照射して前記保護膜(配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜)へのスパッタ加工を行う」の構成について、審決は「前記甲各号証のいずれにも、記載されていない。」と認定している。

ここで、「配線の幅より大幅に細いイオンビームスポット径にして投影させたイオンビームを走査照射してスパッタ加工を行う」点は、イオンビームスポット径の視点からみて、審判甲第2号証の装置に実質的に記載されている。すなわち、審判甲第2号証の装置は本件発明の装置と同一であり、当然、イオンビームスポット径も同一径が得られる。審決も具体的な数値として0.1μmオーダーの記載があることを認めている。

一方、本件発明でいう「配線の幅より大幅に細いイオンビームスポット径」とは0.3μm以下を指しているので同趣旨の記載があることになる。また、「イオンビームを走査照射して前記保護膜(配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜)へのスパッタ加工を行う」点は、審判甲第1号証に記載がある。したがって、審決が記載がないと認定した事項は、審判甲第1号証と審判甲第2号証の各構成要件が混在した組合せから成っている。

(3)-2 「配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜の下層の配線を切断加工するIC素子の修正方法であって、前記IC素子の配線切断しようとする配線の幅に亘る領域のみに配線の幅より大幅に細い0.3μm以下のイオンビームスポット径にして投影させたイオンビームを走査照射して前記保護膜への少なくとも配線の幅に亘る一様な穴あけスパッタ加工とその下層における配線の幅に亘っての一様な切断スパッタ加工とを行う」との構成要件について、審決は「前記甲各号証に記載されたものから示唆されるとする根拠がない。」と認定している。ここで、「配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜の下層の配線を切断加工するIC素子の修正方法であって、前記IC素子の配線切断しようとする配線の幅に亘る領域のみにイオンビームを走査照射して前記保護膜への少なくとも配線の幅に亘る一様な穴あけスパッタ加工とその下層における配線の幅に亘っての一様な切断スパッタ加工とを行う」構成については、審判甲第1号証に実質的に記載されている。

IC素子の修正方法において、配線の幅に亘っての切断スパッタ加工を行い、配線を切断することが、スパッタ加工の特徴として一様に行われるものであることは審判甲第7号証に記載されて公知である。また、「配線の幅より大幅に細い0.1μmオーダーのイオンビームスポット径にして投影させたイオンビームを走査照射してスパッタ加工とを行う」ことは審判甲第2号証に記載されている。

(3)-3 以上のとおり、本件発明の構成要件は審判甲第1号証及び審判甲第2号証が具備する要件の組合せから成っているものであり、審決が「審判甲各号証に記載されたものにはない格別の効果を奏するものである」とした本件発明の作用効果も、審判甲第1号証及び審判甲第2号証に記載された事項から予期される域を出ないものである。

第4審決取消事由に対する被告の反論

1  取消事由1について

審決は、容易推考性について判断しており、その理由も記載している。

2  取消事由2のうち審判甲第1号証の解釈の誤りについて

審決は、審判甲第1号証に記載されている「マスクレス」に関する事実を正しく解釈している。審判甲第1号証には、イオンビームを走査して照射することについては記載されていない。審判甲第1号証におけるマスクレスというのは単にマスクを用いないことを意味するにすぎない。

3  取消事由2のうち審決の判断手法の誤りについて

審決は、審判甲号各証に記載されている事実を認定し、まず審判甲第1号証と本件発明の構成要件との比較をし、その相違点について他の審判甲号各証との比較をしている。この判断手法に不合理な点はない。

4  取消事由2のうち対比対象である本件発明の構成要件の選定の誤りについて本件発明の構成要件の細分化した各要素が、別々に審判甲号各証に開示されていたとしても、それらを単に寄せ集めただけでは、本件発明とはなり得ない。この点における審決の容易推考性の判断手法に不合理な点はない。

(1)  本件発明は「配線の幅より大幅に細い0.3μm以下のイオンビームスポット径」を要件とするものであって、配線の幅と0.3μm以下とは、一体不可分の関係にある。

一方、審判甲第2号証には、イオンビームスポット径が0.1μmオーダーであることが記載されているだけであって、加工対象である配線の幅との関係については、何ら記載されていない。

また、「イオンビームを走査照射して前記保護膜(配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜)へのスパッタ加工を行う」ことが、審判甲第1号証に記載されていないことは審決認定のとおりである。

(2)  「配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜の下層の配線を切断加工するIC素子の修正方法であって、前記IC素子の配線切断しようとする配線の幅に亘る領域のみにイオンビームを走査照射して前記保護膜への少なくとも配線の幅に亘る一様な穴あけスパッタ加工とその下層における配線の幅に亘っての一様な切断スパッタ加工とを行う」との本件発明の構成に関し、審判甲第1号証には、「一度完成した素子の不良部分を修理する」例として、「配線パターンのブリッジ」に「イオンを照射し、スパッタリング作用によって除去できる」ことが記載されているだけである。

(3)  本件発明は審判甲号各証に記載されたものから予期し得ない格別の効果を奏するものであり、その顕著な作用効果からしても、本件発明の進歩性を肯定した審決の判断が正当であることは明らかである。

第5当裁判所の判断

1  本件発明の概要

甲第2号証(本件発明の特許出願公告公報)によれば、本件発明について、次のとおり認められる。

[発明の利用分野]

本件発明は、高集積デバイスの微細な配線パターンの修正を行うIC素子の修正方法に関する。(2欄17行ないし3欄1行)

[発明の背景]

半導体集積回路(IC)は、設計開発工程において設計不良、プロセス不良のため、試作したチップがそのままでは動作しないことが多い。この場合、不良箇所を判定するためには、その周辺の配線を切断して動作試験等を行うことが必要となる。(3欄17行ないし22行)

ICが微細化、高集積化して配線幅が2μ、1μそしてサブミクロンと狭くなっていく傾向に対してレーザ加工による切断法は限界を有する。すなわち、レンズによりビームを細く絞り、焦点に試料をおいてこれを加工する場合でも、レーザ光の回析限界のために波長(可視光で0.5μ)スポット径を得ることは困難である。さらにレーザ加工法では、材料がレーザ光を吸収してこれが熱に変化してからこれを吹き飛ばすという過程を経るため、熱伝導や溶融噴出などによる周辺への影響を避けるのは不可能であり、加工域、熱影響域はスポット径よりも大きくなってしまうのが常であった。すなわち実用的な最小加工寸法は1μ程度であり、このため1μ以下の配線パターンに対してはレーザ加工法を適用することは困難であった。(4欄34行ないし5欄6行)

[発明の目的]

本件発明は、従来のレーザ加工によるICの配線切断法とその装置の欠点をなくして、1μm以下の極微細配線上に段差状の保護膜を有するVLSI、ULSI等の完成されたIC素子に対して、配線切断しようとする箇所において保護膜の下層に存在する配線まで、配線の幅にわたって一様な深さでもってスパッタ加工をして、下部、周辺部の配線や基板に対する損傷、短絡の発生又はそのおそれを防止するとともにその特性に影響を及ぼすことなく、配線切断等を実用に供せる短時間で行って、不良箇所の解析、修正などを行い、開発期間の大幅な短縮、開発時における歩留り向上などを実現できるようにしたIC素子の修正方法を提供することにある。(5欄26行ないし40行)

[発明の効果]

本件発明によれば、1μm以下の配線幅の配線上に保護膜を被覆したVLSI,ULSI等の完成されたIC素子に対して、配線幅にわたって配線断面のとおりの、すなわち一様な深さのスパッタ加工が可能となり、下部及び周辺への損傷等を防止して1μm以下の配線幅を有する配線の切断加工を実用に供せる短時間で実現することができる効果を奏する。

この場合従来のレーザ加工法とは異なり周辺への損傷や影響はほとんどない。

また、従来のレーザ加工法では良好な加工が困難であった上部にパッシベーションコートを有するような微細な配線部について配線切断や成膜等の修正加工をすることができる。(17欄16行ないし31行)

2  取消事由1(判断理由の遺脱)について

審決は、審判手続において審判請求人である原告から提出された審判甲第1ないし第8号証に記載された事項を詳細に認定し(審決の理由の要点(4))、次いで「審判甲第1号証に記載された発明に関する争点」(審決の理由の要点(5)-1)において、審判甲第1号証に記載された発明の技術的内容について、本件発明の構成と対比しながら検討を加え、その際には、審判甲第2号証、第5号証、第8号証をも参照して本件発明との相違点を認定しているものである。そして、審決はその上で、「本件発明と審判甲号各証に記載された発明との対比」(審決の理由の要点(5)-2)において、審判甲号各証に記載された発明のいずれにも共通して存在しない本件発明の構成部分を相違点として挙げ、当該相違点について「審判甲号各証のいずれにも、記載されていない。」、「審判甲号各証に記載されたものから示唆されるとする根拠もない。」と認定し、本件発明が審判甲号各証に記載された発明にはない格別の効果を奏すると認定し、これらの認定に基づいて「したがって、本件発明は、原告が提示した審判甲号各証に記載されたものから当業者が容易に発明をすることができたものとすることができない。」と判断している(審決のフ理由の要点(6))。

この審決の認定、判断の過程によれば、審決が本件発明の容易推考性の有無について理由を示して判断していることは明らかであり、判断理由の遺脱があるとする取消事由1は理由がない。

3  取消事由2について

(1)  審判甲第1号証の解釈の誤りについて

原告は、審決が「審判甲第1号証に、複合素子をイオンビームの走査照射によって調整するものが記載されているということはできない。」とした(審決の理由の要点(5)-1)のは誤りであると主張する。

しかしながら、甲第3号証によれば、審判甲第1号証には「第1図(a),(b)は本発明の実施例を示したもので、1は基板、2,3,4は基板上に形成された抵抗体、5はイオンビームスポットである。」(2頁右上欄9行ないし11行)、「イオンビームは波長による集束の限界はないものの、試料面上に得られるビーム電流を一定にすると、イオン源の輝度と集束レンズの収差によってビームのスポット径は制限される。現在報告されている例では、・・・ビームのスポット径は数マイクロメータである。」(3頁左下欄下から3行ないし右下欄5行)、「複合素子を構成する微細素子よりスポット径の大きなイオンビームを用いても、イオンビームが他の微細素子に有害な影響を与えない大きさであれば、多くの場合、本発明は有効である。例えば、第1図の実施例の場合で、抵抗体3の抵抗値をイオンビーム照射によって変化調整する場合、点線で示したようにイオンビームのスポット径は抵抗体の幅より大きくとも、隣接する抵抗体2,4に影響を及ぼさない程度であればよい。」(3頁右下欄7行ないし下から5行)の記載と共に、別紙審判甲第1号証図面のとおり第1図(a)(b)の記載のあることが認められる。

これらの記載によれば、審判甲第1号証記載の発明において使用されるイオンビームの径は、複合素子を構成する微細素子とほぼ同じか、それより大きいものであって隣接する抵抗体に影響を及ぼさない程度のものと認められ、そうすると、そこに記載の発明の複合素子を構成する微細素子の調整に当たってはイオンビームの走査を必要としないものと考えるのが自然である。したがって、「審判甲第1号証に、複合素子をイオンビームの走査照射によって調整するものが記載されているということはできない。」とした審決の認定に誤りがあるとすることはできない。

(2)  審決の判断手法の誤りについて

原告は、審決には、審判甲号各証との対比において本件発明の進歩性の有無を判断するに際して手法の誤りがある旨主張する。

しかしながら、本件発明の要旨によれば、「配線の幅より大幅に細いイオンビームスポット径にして投影させたイオンビームを走査照射して前記保護膜(配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜)へのスパッタ加工を行う」ことがその必須の要件となっているところ、審判甲号各証のいずれにも、本件発明のこの必須の構成についての記載がなく、かつ、同様に本件発明の必須の構成になっていることが明らかな、「配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜の下層の配線を切断加工するIC素子の修正方法であって、前記IC素子の配線切断しようとする配線の幅に亘る領域のみに配線の幅より大幅に細い0.3μm以下のイオンビームスポット径にして投影させたイオンビームを走査照射して前記保護膜への少なくとも配線の幅に亘る一様な穴あけスパッタ加工とその下層における配線の幅に亘っての一様な切断スパッタ加工とを行」うとの構成が、審判甲各号証に記載されたものから示唆されるとする根拠もないのは、審決が認定しているとおりであり、本件各証拠によるも、そこに誤りがあると認めることはできない。

そうである以上、審判甲号各証に記載された発明の構成を採用したとしても、本件発明を想到することのできないことは明らかである。この趣旨を説示する審決の判断過程に誤りがあるとすることはできない。

(3)  対比対象である本件発明の構成要件の選定の誤りについて

(3)-1 原告は、審決が対比対象とした本件発明の構成である「配線の幅より大幅に細いイオンビームスポット径にして投影させたイオンビームを走査照射して前記保護膜(配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜)へのスパッタ加工を行う」との点は、審判甲第1号証及び審判甲第2号証に示されたものに構成が混在しその組合せから成り立っていると主張する。

しかしながら、上記(1)で説示したように、審判甲第1号証には、イオンビームの走査照射によって調整する点の記載は認められず、また、甲第3号証によれば、審判甲第1号証には、配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜へのスパッタ加工を行うことの記載も示唆も認められない。そうである以上、たとえ、審判甲第2号証に、大幅に細いイオンビームスポット径にして投影させたイオンビームを走査照射することで微細加工をする技術が記載されているにしても、審判甲第1号証及び審判甲第2号証に記載のものの構成を組み合わせたものが、本件発明の上記構成に想到するに至るものでないことは明らかであるから、原告の主張は理由がない。

(3)-2 原告は、審決が対比対象とした本件発明の構成、すなわち、「配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜の下層の配線を切断加工するIC素子の修正方法であって、前記IC素子の配線切断しようとする配線の幅に亘る領域のみに配線の幅より大幅に細い0.3μm以下のイオンビームスポット径にして投影させたイオンビームを走査照射して前記保護膜への少なくとも配線の幅に亘る一様な穴あけスパッタ加工とその下層における配線の幅に亘っての一様な切断スパッタ加工とを行」う構成についても、審判甲第1号証及び審判甲第2号証に記載のものの構成が混在しその組合せから成り立っていると主張する。

しかしながら、前示のように、審判甲第1号証には、配線上に配線に倣った段差状の保護膜を被覆したIC素子における該保護膜へのスパッタ加工を行うことの記載も示唆も認められない。したがって、審判甲第1号証及び審判甲第2号証に記載のものの構成を組み合わせたとしても、上記対比対象に係る構成に至るものでないことは明らかであり、原告の上記主張は理由がない。

(3)-3 以上の説示から明らかなとおり、本件発明の上記各構成は、審判甲第1号証及び審判甲第2号証に記載のものの構成を組み合わせたとしても、容易に想到し得るものということはできず、また、本件発明の作用効果も、審判甲第1号証及び審判甲第2号証から当業者が予期することができる範囲内のものであると認めることもできないから、審決の認定、判断に誤りはない。

第6結論

以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

<以下省略>

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